薔薇十字館

披露宴にて

黒いラメ入りのパーティドレスにしなやかな身体を包んだ彼女は、
美容室で何時間もかけて結い上げた髪をしきりに触っていた。
数年来の知人がめでたく良人をめとると言うのに、あまり機嫌が良さそうではない。
突然結婚するから来いと言われたのが数日前だから、仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。
エステにも行きたかっただろうし、
ネイルケアもままなっていない状況でパーティに行かなければならないのならば気分も良くないだろう。
当人達も付き合って数ヵ月でのスピード婚だったようだから、
準備もろくにできなかったに違いないだろうが、数日前の連絡というのは戴けなかった。 僕達がバーでばらばらに飲んでいたところ、
意気投合してからの関係とはいえ、もう知り合って結構な年月が過ぎていた。 まあ結婚の報告に慌てて彼女に電話しても、未だ彼女には連絡されていなかったことだけが僕の慰めだった。
一人だけ忘れられているということは、あまり気分の良いものじゃあない。 雛壇では、壇の横に据えられた「本日の主役」に対して月並みな挨拶を繰り返す新郎新婦の遠い親族だか近い親族だか、
まあ呼ばれた僕らにはさっぱり顔見知りの無い皺くちゃの小人共が、
思ってもいない賛辞や美辞麗句を並べている。
考えてみれば「親族」も大変だ。中には十年以上会ったこともない人もいるだろうが、
血が繋がっていると言う理由だけで駆り出され、大枚をはたき、ものまで言わされる。
断れば薄情だと非難されかねないから堪らない。
何時何時、血縁が必要になるか分からないから、結局参加するしかないという結論に達するしかないのだ。
勿論知り合いも同様で、ぞんざいな理由では今後の関係に支障を来す。
慶事とは面倒事の塊なのだ。いっそ葬式の方が、当人が死んでいる分、気兼ねがない。

「───一寸良い?」
「なんだい?」
「此処を出ましょう・・・いいから。」
彼女は苦虫を噛み潰したような顔をして僕の袖を引っ張った。
丁度ウェイターが空のフルートグラスをシャンパンで満たそうとしていたところだったので、
若干の躊躇はあったのだけれども、このままでは彼女にジャケットを引きちぎられかねない。
僕は立ち上がり、彼女に引かれるまま、会場で一番幸せそうな知人に背を向け会場を出た。
彼と付き合っていたの。
僕が何かを口に出す前に、彼女はそう呟いた。全く知らなかった僕には言葉がよく理解できず、
何だって?と間の抜けた返事しか出来なかった。彼というのは新郎に違いない。
「付き合ってたのよ。彼と。結婚しようって話しにもなったわ。」
「じゃああいつは」
「ううん、私が御破算にしたの。この先あの人と一緒に生きていけるか、不安で。」
ああ、そうか。
招待されるのが遅かったのも、彼女が新郎と付き合っていたからなのだろう。
スピード婚というのもこの反動なのか。そんな「裏」を知っていたならば、何があっても彼女など誘わなかった。
初めに教えてくれても良かったのに。僕は心の中でそう愚痴を吐いた。
「私って何時もそうなのよね。良いところまで行って、肝心なところで怖じけずいて。
多分ね、これからもずっとそう。駄目ね。」

もう帰るから。
彼女は目を伏せ、そのままエレベーターホールに向かって歩き出す。
その後ろ姿はとても頼り無さげで、このまま消えてしまいそうで、気付くと僕は彼女を後ろから抱き締めていた。
抱き締めていれば、此の残酷な状況から彼女を守れるような気がした。
彼女の肩は、微かに揺れていた。