薔薇十字館
思い出のままに。
・・・百合・・・

「もう、逢わないようにしよう。」
僕は今日一日中、彼女といる間だずっと考えていたことを
やっと口に出すことが出來た。
彼女はキョトンとした顔をして僕を見つめる。
剰りに突然のことだったから未だ理解し得ていないのだろう。
僕はもう一度、別れよう、と告げた。
愛らしい顔が悲しみに歪み、僕の右腕を掴んだ。
「如何して?他の人を好きになったの?」
「いや、そう云う訳ではないんだよ。ただ、今の關係が辛いんだよ。」
木枯らしが僕と彼女を包む。
夕暮れにしては昏く、夕闇にしては明るすぎる時間。
たたずんだ僕らだけが別の時間の中にいるような気がした。


「私は貴方を束縛なんかしてないわ。負担にならないように気を使ってた。
其れの何處が辛いのよ。辛いのは私の方だわ。」
「其れが、辛いんだよ。」
彼女が右手を掴んだ其の手に空いた左手を重ねる。
「僕は苦しそうな君がとても居たたまれなかったんだよ。
何も云わない、何も語ろうとしない君が。
もっと知りたかったのに、君は自分を見せてくれなかったじゃあないか。」
「だって、そんなことをしたら私は貴方に嫌われるわ。だからそんなこと・・・。」
僕は彼女の手を右手から解いた。
吹きすさぶ風で舞う落ち葉の中で。
「其処だよ。これ以上、付き合っていけば気味の悪いところも、
僕の厭な處も露見するだろう?其れを許容できない關係が、
長続きするとは思えないんだよ。」
彼女は俯向いたまま、何も云おうとはしない。
ただ何かに必死に耐えている風だった。
「だから、今、別れよう。思い出も奇麗に殘そう。」
僕はゆっくりと、その場を後にした。
数ヶ月の思い出と共に。


それから数日して、彼女から黄色い百合の花が贈られてきた。
淡く、儚く咲く其の花は、僕と彼女の短く、淡泊な關係を顕しているようだった。
メッセージカードを見ると、一言「これが私よ。」と書かれている。
僕は花束を花粉が散るのも構わず、ベッドに投げた。
そして僕もこの花のようだね、と呟きながら。

香りを愉しむ。