薔薇十字館
救いようのない人々・1
・・・スイトピー・・・

彼女と会うのは何度目だろうか。
生まれたときから隣のベッドで隣の家に住み、同じ学校に通い続けて
もう、18年になる。
此處まで腐れ縁が続くと彼女に淡い恋心を抱かない方がおかしい、
という世間の予想に乗っ取って僕は淡い恋心を抱いているのだが、
臆病者の僕には告白する勇気など無く、まして今の關係を崩したくない一心で
耐え続けている僕は滑稽なピエロなのだろうか。
そんな僕の気も知らず、彼女は今つきあっている男の話を僕にたらたらと話すのだ。


「ああ、駄目。だって彼から呼び出されるかも知れないもん。」
遊園地に行こうという僕の誘いに、彼女は喫茶店の椅子にゆったりと座りながら、
しかし早口でこう、僕に宣った。
淡いスイトピーの壁紙と木造の建築様式が、冬の寒さから春の心地よさに
変わっているような気がする。
だが、そんな店の雰囲気は僕に全く影響を与えていないようだった。
逆に仕合わせそうな彼女の態度と合っていてむかむかしてくる。
「それって、何時逢うかとか事前に決めてないって事?」
僕はいぶかしむよな僕の言葉に、さも嬉しそうに
「そう!夜突然呼び出されるときもあるの。全く彼ッたら
私の都合なんて考えてくれないのよね・・・。」と応えた。
コーヒーメーカーのこぽこぽという音が今の僕にとっては
とても耳障りで、いつもならば火を付けない煙草に火を付ける。
「お前何でそんな男と付き合ってるんだよ・・・。」
「だって、逢ってるときは優しいし、格好良いし、私にとって最高だもん。」
彼女は僕の切り返しを避けるように即答した。
まるで、自分の自信のなさをさらけ出す事を嫌がっているように見える。
「なあ、瞞されてるとは思ったことがないのかい?」


彼女の話を聴けば聽くほど、おかしな事ばかりだった。
逢うときは必ず男が呼び出し。彼女からの誘いを殆ど受けようとはしていなかった。
しかも、どういう手法を使っているのか領らないが、
かなりの額を貢がせている。そして其のとばっちりを喫茶代などで
受けている僕が居るのだ。
「知ってるわ、そんなこと。」
「・・・え?」
そんなの当たり前、という彼女の態度に僕は正直驚いた。
「瞞されているわ。詐欺にあってるわけじゃないけど。」
「じゃあ何で・・。」
困惑する僕を尻目に彼女は続ける。
「彼は私に色んなものを与えてくれるわ。私が与えるもの以上に。
だから瞞されていても良いのよ。仮令都合の良い女だと思われていても、
彼以上に私を向上させてくれる人がいないから、良いのよ。」
「お前・・・。」
僕はそれ以上、言葉を続けることが出來なくなって店を飛び出した。


寂しげな笑顔と、店の壁紙が頭の中で合成され、少女漫画のようになって
思わず僕は吹き出してしまう。
本当に救いようがない。
其の男を受け入れる場所しかないみたいだ。
僕は歩きながら考えてみる。
彼女にとって其れは知的欲求の充足なのだろうか。
それとも・・・。

香りを愉しむ。