薔薇十字館
救いようのない人々・2
・・・デイジー・・・

如何しても納得できなかった僕は、彼女から無理矢理男の電話番号を聞きだして、
男と会うことにした。電話をかける手は震えていたが、やけに気さくな
男の口調につい、和んでしまった。
これも男の技なのだろう。
それじゃあホテルのバーに10時、という言葉を殘して電話を切られてしまった。
心して望まなければ丸め込まれて終わってしまう。僕は
危機感と崩壊感を味わいながらホテルに向かった。


「じゃあ、君は彼女と別れてくれ、と、そういっているんだね?」
ジン・デイジーを飲みながら彼は煙草に火を付けた。
外見は拍子抜けするほど人なつっこく、一見少し顔が良いだけの男に見えたが、
彼の話術は剰りにも巧みで今では完全に相手のペースに乗せられていた。
「そうです。今のままでは彼女が可哀想だからです。」
「何故だい?」
彼はにっこりと微笑むと、煙草を灰皿に落とした。
燃え続ける紙巻煙草の煙が周辺を埋めようとする。
「僕は僕なりに彼女を愛しているよ。何處も不思議なことはない。
部外者の君に、僕達の恋路を邪魔して欲しくはないね。」
「でも貴方は他にも女を囲っているでしょう?それでも愛や恋だと宣うんですか?」
僕も負けじと反論したが、彼の高笑いと次の言葉で僕の目論見は完全に瓦解した。


「勿論だよ。いるに決まっているじゃあないか。
君も彼女の幼なじみならば考えても見てくれ賜え。彼女の求めるものは
肉体的な繋がりは勿論だが、精神的な癒しを求めているのだよ。
君も彼女を好きならば、其れぐらい感じてあげられないのかい?」
「それは・・。」
僕は自分の恋心を見透かされたことと、複数の女性と付き合っている事を
此處まで無邪気に告白する彼の精神性に圧倒され、言葉を失った。
「・・・彼女にそのことを云いますよ?」
最後の望みと彼を脅そうとしたが、
彼女は不幸な女という自分で作り上げたシチュエーションに酔っているから
餘計僕にのめり込むだろうね、と云い、席を立った。
「ま、待って下さい。」
僕は何時の間にか足に來ている躯に精神の鞭を打ちながら彼を追う。
ふらり、と倒れそうになったとき、柔らかいカシミアのコートが僕を包んだ。
「僕の處に來賜え。君も可愛がってあげるからね。」
責任は取らないよ、という言葉が意識薄れる僕の頭に反響していた。

香りを愉しむ。