薔薇十字館
やがて。
・・・アロエ・・・

ベッドの上で緩やかに呼吸をしながら私は祖母のことを思い出していた。
私が男勝りだった幼少の頃、喧嘩をして擦瑕だらけになりながら
帰ってきた私の傷口に、祖母は良くアロエの実を傷口に擦りつけたものだ。
本当に効くの?と不安げに聞く私を尻目に空返事をして
祖母は茎を塗りつけ続けた。
今思えば、早く治って欲しいという祖母の一念でやっていたのだろうが、
当時の私としては其の行爲がとても異常な行爲に思えて、
祖母の存在を畏怖し続けていた。
だから小学校を卒業するときに祖母が心臓病で死んだ時、悲しくはなく、
人間ではない別の存在が現世から消え去ったという感じだったのだ。
そして歴史は繰り返されると云う言葉通り、次は私が其の存在になろうとしている。


私にも孫が一人いる。細い目をして腰まである長い髪は日本人形のようだが、
男勝りなところはどうやら血筋らしい。
昔の私と同じように、擦瑕を作って歸ってくる。
そして私は祖母がやってくれたように、アロエの皮を剥ぎ実を塗りつけるのだ。
屹度孫の中でも私は畏怖すべき存在となっているであろう。


しかし、私はもう長くはない。
灯火が消えようとしているのを肌で感じているのだ。
生傷の絶えない孫の手を取り、私はベッドに躯を預け、ゆっくりと目を閉じた。
私の子供も、孫も、自分に子供が出來て怪我をしたならば同じように
アロエの実を塗りつけるだろう。
そしてこの棘のある緑色の植物を見る度に、私達家族に肉体的な癒しと、
他の家庭にはない言いしれぬ哀愁と悲しみを齎すのであろう。
ああ、もう孫の体温が感じられなくなってきた。
悲しみにも、幸あらん事を・・・。

香りを愉しむ。