薔薇十字館
どうせこんなものでしょう?
・・・薔薇・・・

いつものように私は邦彦を呼び出すと、夕暮れ時の新宿を歩いた。
彼はまさしく私の「下僕」のような奴で、私が行きたいというところに
連れていってくれる。というよりも連れていかせる。
大学の時に目を付けたのだが、容姿から遊び人だったので
警戒はしていた。しかし、私の魅力に嵌ったのか「触らないで」というと
それ以来、指一本触れようとはしなかった。だが・・・。


「ねえ、貞子ちゃん、僕が貞子ちゃんのことを好きだって事、
知ってるんでしょう?」
ああ、またおきまりの文句だ。そう、邦彦は言葉で迫ってこようとするのだ。
「だからね、私はそんな気全くないの。ただ貴方が犬のように私の云うことを
聞いてくれるから呼びだしてあげているのよ?」
「だって・・・。」
邦彦は下を向いて指を絡ませている。全く、昔の漫画じゃああるまいし・・・。
「ほら、行くわよ。」
私はヤング館を出ると、新南口の方に向かった。
邦彦は私の買った服の袋を3つ抱えながら、待ってよ、といいながら付いてくる。
本当に犬みたいね。私はくすりと笑うと早足で高島屋に向かった。


プレゼントですか?と店員に聞かれ、否、自分用です。と素っ気なく応えながら
宝飾品売場を歩いていると、珍しく下僕が私の呼ぶ聲を無視して
立ち止まった。何よ、と彼の見ている先を見ると、其処にはプラチナの
薔薇をあしらった指輪があった。
「何?欲しいの?」
私は意地悪く聞いてみる。彼は働いてはいるものの、弱小出版社の薄給故に
いつも苦しいと嘆いていた。
「いや、何でもないよ。」
邦彦はへらへらといつものように笑いながら、次行こう、と歩き出した。
ふうん、こういうのも似合いそうね・・・。
私はしっかりとブランドを記憶すると、2階へのエスカレーターに足を運んだ。


其の数日後、私は突然邦彦に呼び出された。
彼から呼び出されることなど皆無に等しかった私は、ああ、日頃のつけが回ってきたんだ、
等と思いを巡らせながら待ち合わせた高島屋の前に向かった。
降誕祭シーズンで電飾の人形が飾られている高島屋の前は、深夜バスの待合い客と
恋人達で溢れている。後、浮浪者も。
「何、呼び出して。」
「ほら、貞子ちゃん。。」
私が聞くと、彼はもじもじとした何時もでは見せない態度で話を切りだした。
「降誕祭だろう?出会ってから5年も経つのに何もプレゼントとかしなくてさ。
で、ねえ、良かったら受け取ってくれないかな。」
彼はごそごそとポケットから小さな箱を取り出すと、私に差し出した。
「何よ、それ・・・。」
受け取った箱の中には、銀色に輝くプラチナの、薔薇をあしらった指輪が入っていた。
「似合うかな、と思って、さ。」
どことなく居心地の惡そうな笑みを浮かべながら、彼はそう、云った。
「馬鹿ねえ。如何して降誕祭に渡さないのよ。」
私も何とも云えないような表情で笑う。
彼から見たら怒っているように見えたに違いない。
「え、御免。」
箱を取ろうとする彼の手を引っ張って強引に唇を奪うと、私は耳元で囁いた。
「有り難う。」


「ねえ、一体私の何が好きで5年間も引っ張り回されていたのよ。」
降誕祭、奇跡的に取れたホテルのベッドの上で、私は彼に質問してみる。
すると彼は指輪を渡したときのような複雑な表情をしながらこう宣った。
「貞子ちゃんて、犬みたいだから。」
「・・・なんで?」
混乱している私を尻目に彼は言葉を続ける。
「だって貞子ちゃん、僕を呼び出して待ち合わせ場所で逢ったとき、
必ず勝ち誇ったような顔をするじゃあないか。パブロフの犬みたいに。」
・・・どうやらどっちもどっちだったらしい。

香りを愉しむ。