薔薇十字館
都合
・・・カーネーション(絞)・・・

僕は約束の時間になると、煙草をもみ消して微昏い喫茶店を後にした。
待ち合わせているのは恋人「だった」人だった。
2箇月前に、突然「他に男が出來た」と別れを宣告され、
僕は訳が分からないまま彼女のいない日々を過ごし、
そしてまた、突然呼び出されたのだ。


僕は冬にしてはやけに暖かい街路をゆっくりと歩いた。
身を切るような風の変わりに冷房の風のような不思議な空氣が
耳元で巡回る。
そして待ち合わせの時間から20分遅れて、彼女が來た。
カーネーションをあしらった黒のスカートに白のコートを羽織ている。
薄い色素の髪の毛をアップにして歩く容姿は宛らオードリーヘップバーンを
彷彿とさせるが、ティファニーの前でパンを囓るようなことはしなかった。
こんばんは、と彼女は僕を見てにっこり笑うと、
前云った男と別れたの、と切り出した。
やけに屈託のない彼女の表情に戸惑いを覺えつつ、
何故?と彼女の口元を見ながら聞いてみる。
するとそんな月並みな切り返しを待っていたかのように彼女は言葉を続けた。


「彼は私にとって必要がない人だったの。」と。
僕は彼女の目を見た。
2箇月前とは変わりもしない眸。
「それで、僕に如何しろと。」
僕は左手につけた時計のベゼルを意味もなく回してみる。
反対周りにしか巡回らないベゼルを。
「寄りを戻して欲しいの。いいでしょう?勿論。」
僕は目を瞑って此の2ヶ月間を思い出してみた。
一人でいた二ヶ月を。
そして僕が出した結論は、寄りは戻さない、という言葉だった。


如何して?と彼女は本当に意外そうな顔をして僕を見る。
喜んで飛びつくだろうとでも思っていたんだろう。
しかし、僕は全く其の気がなかったのだ。
「君は僕のことを必要がないと思って別れたんだろう?」
「ええ、でも彼よりも貴方の方が必要だと思ってよりを・・・」
僕は深く息を吐くと、僕は、と言葉を続けた。
「僕は二ヶ月間、一人でいたんだ。一人でいて、君は必要なかったんだ。
君は若し、僕よりも使える男を見つけたらそっちに乗り換えるんだろう?」
そんな、という口の動きを示したが、言葉に出來なかったと云うことは
図星だったのだろう。つい口元が歪む。
「そんな立場、此方から願い下げだね。」
何も云わない彼女に僕はそう言い放つと、街の雑踏に紛れた。
暫く一人でいよう、と、心の中でぼやきながら。

香りを愉しむ。