薔薇十字館
終わり「は」無い。始まり「も」無い。
・・・薔薇(黄)・・・

花谷で適当に見繕って貰った花束を重そうに抱えながら
僕はマンションの一室の前で呼び鈴を押しながらぼう、と考えていた。
彼女が出てくると必ず「あら、いらっしゃい。」と
戸惑いの笑顔を浮かべながら招き入れるだろう。
そしてお気に入りのティーカップに薄い紅茶を入れて花束を
解き、豪奢な花瓶に飾るのだろう。そして・・・。
「あら、いらっしゃい。」
彼女は予定調和のように想像通りの行動をとった。
ソファを勧め、薄い紅茶を僕の目の前に差しだし、花束を花瓶に飾る。
「全然変わらないんですね。」
ティーカップに口を付けながら尋ねる。
彼女は笑いながら、貴方こそちゃんと誕生日に花束持って来るじゃないの、
と云った。そう、何も変わらない僕等の關係は、誕生日という
線で繋がっていた。毎年、暑い夏になると思い出したように
花束を持って彼女の元に訪れる。そして彼女は夫を子供と一緒に
厄介払いして僕を待っているのだ。
もういいと言ったのに。硝子テーブルに置かれたティーカップには
白熱灯の明かりが這っている。
いえ、お世話になりましたから。僕の台詞も毎年同じようにティーカップを滿たした。
彼女は立ち上がり、僕が持ってきた花束に向かった。
「貴方は優しすぎるわ。」そして背を向けたまま言葉を紡ぐ。
いけないことですか。僕は彼女を見ようともせず、只、滿たされた朱色の
液體が、開け放たれた窓から吹き込む風によって揺らめく樣を凝乎と注視た。
だって、貴方は何も求めない無償の優しさをひけらかす振りをして
私に逢うことを強制しているんですもの。
「其れは誤解です。」口の端を歪めながら答える。意図していなかった
言葉に動揺しながら。
いえ、そうよ。彼女は音もなく僕の隣に坐ると淋しそうな笑みを洩らした。
「貴方は優しすぎるの。優しさと引替に愛を求めるの。だから貴方の周りには
優しさを求める人しか居ないのよ。許されることを期待しながら。」
彼女は紅茶に口を付ける。
僕は何も云えない侭、ティーカップに注がれた液體をを注視ていた。
カップに描かれた紋様は黄色い薔薇。そして僕が持ってきた花束も、
黄色い薔薇を主体としていた。
毎年繰り返される此の予定調和は、未だ終わりそうになかった。

香りを愉しむ。