目を開けると朝陽が僕の目を射抜いた。
眩しい。
緩慢と起きだすと彼女はやっと起きたのね、と女の聲が聞こえた。
惡かったね。僕は寝起きが一番惡いんだよ。
そうね、其れで何時も遅刻するんだから。
五月蝿いな。
けたけたと楽しそうに笑う彼女を見ながら頭を抱えた。
彼女の部屋は整っているが、統一感が全くなかった。
シックな黒い椅子が置いてあると思えば、
クイーンサイズの木製、しかも天蓋付きのベッドが置いてある。
性格が反映しているのだろうか。
昨日のことは忘れなさいな。偶には喧嘩もしないと長続きしないわよ。
ソーサーに乗せたティーカップを差しだしながら彼女は云った。
しょうがない人ね。
・・・貴方は良く悟っているよ。
昨日は散々だった。恋人に突然喧嘩を仕掛けられて
負けず嫌いの僕はつい乗ってしまったのだ。
お互い一歩も引かない僕等は結局喧嘩別れのように帰ってしまった。
1日でそんなことを忘れてしまう僕は
眠ってしまえば其れで終わりなのだが、
あの娘は未だ怒っているのだろうか。
僕はソーサーを受け取りながら気を取り直し、彼女に質問する。
眠っているところも襲おうともせずに、
僕に何を求めているんだい?
彼女は少し考える仕種をすると、僕の耳元に唇を寄せた。
襲う事なんて何時でも出來るの。只貴方の人生を楽しんでいるのよ。
へえ、そんなに楽しいのかい?
苦笑いを浮かべながら乾いた唇で紅茶を啜る。
ええ、とっても。
彼女は僕の横に座ると煙草に火を付けた。
そろそろ煙草止めなよ。義姉さん。
あら、人の心配よりも自分を気遣いなさいな。
彼女は僕の頬に口付けると、御風呂に入ってくるわ、とベッドルームを出ていった。
12の夏に僕の操を奪ってから彼女は僕に触ろうとしなくなった。
僕は僕で、其れをトラウマとせずに数年間生き続け、東下りを期に二人で棲みだしたのだ。
僕は気が気でなかったが、彼女は相変わらずで僕の寝込みを襲うことはなかった。
呆けたように紅茶に口を付けていると、彼女がバスルームから出てこない。
義姉さん、大丈夫かい?
バスルームの擦り硝子越しに聽くと、ええ、勿論よ。という聲が返ってきた。
そういえば長いバスタイムが好きな人だったか。
僕は硝子に背中を当てて座りこむと、紅茶を床に置いた。
義姉さん、僕が仕合わせになれないから僕の人生を楽しんでいるのかい?
お湯を流す音に掻き消されそうな聲で呟いたのに、どうやら聽こえていたらしい。
違うわよ。貴方の仕合わせを願っているわ。
じゃあ如何して。
僕はシャワーの音から義姉の声を聞き取ろうと耳を澄ます。
それはね。
彼女はシャワーを止めると硝子を開けた。
そして耳元に唇を寄せて軽く耳をはんだ。
シャンプー特有の花の香りが僕の鼻腔を突く。
貴方が仕合わせになれないような人ばかり選んでいるからよ。
・・・え?
僕は驚いて彼女を見た。
湯煙に包まれた彼女の皮膚は、ほんのりと朱に染まり、誘っているようにも見える。
彼女は微笑みを湛えながら、私が貴方を襲った理由、知ってる?
と聽いてきた。
そんなこと分かるわけがない。小学生だった僕は何が起こったかさえ
理解していなかったのだから。覺えているのは柔らかい肌の感触と、
今も湛え続けている媚笑。
私が貴方の人生を食べたのよ。私から離れられないように。
私を愛さないように。
彼女は濡れた指先で僕の貌を自分の方に向けさせると、
厭がる僕に無理矢理口付けた。
生温い下が口腔に入ってくる。
唇を離すと、彼女は嗤っていた。
あの時と同じように。12の夏と、同じように。