久しぶりに休みを取れたら何をしようか、等と
思いを巡らせていたのだが、結局何をやっているかというと
彼女と一緒におでんを食べていた。
炬燵の上にカセットコンロの上に置いた
ぐつぐつと煮たつおでんを挿んで言葉少なに食べている。
おかしい。遊園地に行ったりレストランで気取った
デートを想像していたのに。
「まあ良いじゃない。」
彼女はけたけたと笑いながら竹輪を鍋から摘み出した。
「僕の竹輪を食べるんじゃあない。」
「やあねえ。食べさせて上げようと思ったのに。はい。」
そういうと彼女は僕の口元に竹輪を差し出した。
芥子を山ほど付けたものを。
「・・・僕の味覚を麻痺させようとか思っていませんか?」
「ええ勿論。」
あくまで食べさせようとする竹輪を大人しく口に入れると、
痺れるような辛さに耐えながらはんぺんを美味しそうに頬張る彼女を注視た。
器用に箸を操りながらにこにこしている。
何が楽しいのだろう。僕にはさっぱり分からなかった。
「折角の休みなのに出掛けなくても良かったのかい?」
水を飲んで口の中から辛みを追いだすと、僕は素朴な質問をぶつけてみた。
すると彼女は如何して?と小首を傾げる。
「楽しいじゃない。外に出たら二人きりになれないでしょう?」
「其れはそうだけれども。」
ほら、口を開けなさいよ、と、また芥子を付けた竹輪を差し出しながら
大きな口を開けて笑っている。
「全くよく笑っていられるね。」
僕は其の芥子まみれの竹輪から逃れるべく話を振ったのだが、
彼女は急に真顔になって黙り込んでしまった。
危険信号が頭の上で点灯する。危ない。
「か、寡黙な人の方が長生きするらしいよ。」
焦った僕は話を変えようとしたが、よく分からない方向に話を持っていって仕舞う。
「笑うと脳細胞の死ぬ速さが早くなるらしい、よ?」
すると、びくびくしながら反応を見る僕を
彼女は莫迦ねえ、怒ったと思った?と云いながら、また笑いだした。
やれやれ。気の抜けた僕は、座椅子の背もたれに身を委ねると
大きく溜息をついた。
如何して気を使って居るんだろう。矢張り外に出て食べておくべきだったかしらん。
「何溜め息ついているのよ。」
彼女は僕を無理矢理炬燵の端の方に追いやると、強引に隣に入ってきた。
静かな沈黙が流れる。
炬燵に入っているからと云って寒くないかと云えばそうでもなかった。
思わず身震いしてしまう。
厭な予感も同じ様な感覚なのかも知れない。
すると彼女は僕の耳元に甘い唇を持っていった。
「笑っちゃ駄目ならずっと微笑んでいるわ。其れなら良いでしょう?」
呟くように囁かれて彼女を見ると、其処には仕合わせそうな笑顔があった。
「そうだね。」
僕は彼女の腰に腕を回すと、薄い唇をはんだ。
そして忘れた頃に、芥子まみれの竹輪も食べさせられた。