薔薇十字館


「その演技、止めてくれないか。」
作り笑いを浮かべて僕を見る彼女を優しく窘めると、
横たわっていたベッドから降りた。
彼女は何も云わない。
恐らく図星だったのだろう。此方を見ようともしないのだ。
冷蔵庫から缶ビールを投げる。
放ったビールは僕の跡が付いたシーツの上に落ちた。
「何時分かったの?」
彼女の声が狭いホテルの一室に響く。
僕は溜息をつきながら彼女を見た。
少し悪びれたような、伏し目がちな彼女は少しだけ可愛く見える。
ショートボブの黒髪はベッドの上で華々しく舞うときが
一番綺麗だと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「君が掌を返したときさ。」
「じゃあ何故私と一緒にいたのよ。さっさと何処かに行けばよかったでしょう?」
すると堰を切ったように怒声が小さな口から漏れてきた。
「私は貴方のことなんか好きじゃなかったわ。
でも寂しそうに求める貴方が可哀想だったから、だから。」
そう言って彼女は泣き崩れた。
「それだけじゃないだろう?」
僕は突き放す。
「君は寂しさを僕で埋めていたはずだ。好きでもない男を利用して、
自分を癒していたのだ。」
「じゃあ貴方はどうなの?気付かない振りをして
私を利用していたとでも云いたいの?」
僕はもう一本、ビールを冷蔵庫から取り出してプルタブを引いた。
金色の液体が手元から溢れるが気に留めない。
「ああ、そうだ。」
僕は正直に答えた。今更嘘を吐いても仕方が無かった。
「君以上に愛している人が居た。だから君は僕に利用されたんだよ。」
其れを聞いた彼女は、僕をきつく睨み、
「一生寂しそうにしていなさいよ。」
と捨て台詞を残して去っていった。

残されたのは、ベッドに転がったビールと、
吹き出したまま、口を付けていない温いアルミ缶、、
そして僕だけだった。
「「居た」んだよ・・・。」
ビールはとても、苦かった。