薔薇十字館


夕陽が竝木から深い影を投げている。
海の見える公園は明日が休みだからなのだろうか、
男女の二人連れが能く見受けられた。
停泊している客船からは嬌聲が聽こえてくる。
真逆こういう形でまた逢うとは思っていなかったよ。
豪行は玲美の隣を歩きながら囁いた。
「そうだね。」
言葉少なに話す玲美は、少し居心地が惡そうで、
豪行の方を見ようとしない。
呼びだしたのは君の方じゃあないか。
豪行は心の中で呟いた。
ずっと一緒にいられると、そう思っていた玲美の口から出てきた
言葉を聞いてから1箇月も経っていなかった。
「もう、僕の顔さえ見てくれないんだね。」
「違うよ・・・。」
寂しそうに云う豪行をを見かねてか、玲美は彼を見上げた。
「・・・少し痩せたのかな。」
久しぶりに見た玲美の顔は軽く円味を帯びていた
昔の容貌よりも少しほっそりとして見える。
「ゆき君の方が痩せたんじゃないの?」
そう軽口を叩こうとするが、前のような軽やかさが無く、
とてもぎこちなかった。

薄汚れた海と公園を仕切る柵に両肘を乗せながら
水平線を見ていると、緩慢と昏くなっていく。
「彼氏は、元気かい?」
「ええ、そうね。」
玲美も一緒になって海を見ていた。
防波堤に当たる波の音と呼吸を合わせながら。
「前來た時は何をしただろう。」
玲美の顔を見ないように豪行は柵に寄り掛かる。
「あの時は寒くて直ぐ此處から離れたじゃないのよ。」
「ああ、そうだったね。」
豪行は溜息を吐くと、玲美を注視た。
「今、仕合わせかい?」
玲美は暫く下を向くと、豪行の方に向き直り、彼の頭に手を乗せて云った。
「ええ、多分ね。」

すっかり日が暮れて街燈が燈り始めた。
だが此の広い公園の密度は限りなく増大していく。
玲美は、先に行くよ、と云って公園から離れた。
先に行ってくれ、とくぐもった聲の豪行に促されながら。
何時かまた、逢いませう。今生でも、来世でも。