薔薇十字館



迷いの見える指紋だらけのグラスを飲み干すと
彼女は僕の目を見て一言
「本当の貴方は誰?」と強い意志を持った聲で問い掛けた。
そう、何時もの事だ。
プライバシーに踏み込んだ者は容赦なく斬り捨てる。
それが僕の律だった。

残り少なくなった煙草に緩慢とした動作で火を付けて唇の上に置き、
肺を黒くすると僕は何時も通りの決まり文句を奏でようとする。
楽しかったかい?と。
だがあろうことか僕の薄情な筈の唇からは
謝罪の言葉しか出てくることはなかった。
思わず自分の唇を押さえる。
目の前には怒っているような、泣いているような目で注視る微かな影と
指紋だらけのグラスが置かれていた。

如何したんだろう。
僕は剰りにも不思議な言動に自分自身困惑しながら
短くなった煙草を押し潰した。
そして改めて彼女を見ると、其の理由を閃きのように悟ってしまったのだ。
目の前の哀しそうな眸の中に。

思わず嗤いがこみ上げてくるのを押さえて
最後の煙草に火を付け思いきり吸い込むと、そのドーピング剤を投げ捨て
彼女の耳元で囁いた。

僕はね・・・