突然來てしまって濟みませんでした。
彼は深々と頭を下げた。
余程気にしているのだろう。彼はなかなか頭を上げようとしない。
僕は取り敢えず頭を上げて下さい、と彼を促しながらサイドボードからスコッチを取り出した。
滑らかなカーヴを描くロックグラスに注ぎ込むと、彼に差し出す。
「如何して今日は此處に。」
僕は煙草に火を付けると、彼の正面に座った。
鉛のような空気が部屋の時間を停止させる。
そういえば前も味わったことがあった。一秒が引き伸ばされて張り附けられた感覚を。
その時は父の怒声で捩じ曲げられたのだが。
「・・・實は今日こそ妹さんを頂きたくて來ました。」
そんな空気に耐えかねたのか、受け取ったグラスを口に運ぼうともせずに彼は話を切りだした。
「もう、2年ですか。貴方は連絡一つ寄こさなかったのに。」
「分かっています。でも、其れはお義父さんを満足させるために必死にやってきたからで。」
彼は言葉を詰まらせると、頂きます、とスコッチを傾けた。
「来るのが遅かったようだね。」
僕は煙草を燻らせると、目を伏せた。
「じゃあ彼女はもう他の誰かと。」
「否、そうじゃあないんだよ。」
動揺する彼を落ち着かせると、僕は煙草で天井を指した。
「死んだんだよ。去年の今頃にね。」
紫煙は渦を巻きながら上へ昇っている。
彼はそんな、と云ったきり、身動き一つしなくなった。
「ほら、そろそろ君の誕生日だろう?何度送っても返ってくるというのに
妹は君にプレゼントを買いに出掛けたのだよ。其の帰りにね。」
僕はかけてあったドライフラワーを彼に投げ付けると、煙草をもみ潰した。
時計の音が、耳障りだ。空間に秒針の音が裂傷のように刻み込まれていく。
「最高のものを手にしたならば、何があっても離しては為らないのだよ。
仮令如何なる障害があろうとも。」
彼は未だ状況が飲み込めていないようだ。
姿勢を崩そうともせずに虚空を見つめている。
「ハッピィバァスディ。」
僕は最後の一本の煙草に火を付けると、外に向かって煙を吐き出した。
ドライフラワーには花弁など付いてはいなかった。