薔薇十字館



此處に来れば何時もカメラマンとレポーターにあう。
奇妙なものだ。
別に寫りたいと思わなくともフレームの中に収まってしまう。
「ねえ、此のお店に入っても良い?」
彼女は僕の了解など得ずに颯颯とシンプルで威圧的な店の中に消えていった。
それはそうだ。彼女は僕の大切な御客様なのだから。
店内に入ると彼女は楽しそうに品定めをしている。
「これなんか如何?」
黒いドレスを躯にあてて彼女は云う。
僕は後ろ手に組みながら
「其れも良いけれども、もう少しゴージャスにするために
其処のファーも付けた方が良いんじゃあないかな。」
と、恐らくリアルファーだろうコサージュマフラーを勧めた。
「店員さんより的確だわ。」
彼女はそう云うと、店員に全て包ませる。
「ええ、仕事ですから。」
僕は笑った。

「此處で良いわよね。」
暫くして空腹を訴えた彼女は、僕を車に乗せると
やけに豪奢な店の前で止めた。
「ええ、構いませんよ。」
車を降りて彼女をエスコートするために運転席側に歩み寄る。
ドアを開けて手を取ると、彼女はにっこり笑って云った。
「優しいのね。」
そして僕のお決まりの文句。
「仕事ですから。」

食事も終え、彼女の運転は過速度を増す。
「今日は良いんでしょう?」
神奈川県にある大きな橋の上に差し掛かった時、彼女は車を止めて
耳元で囁いた。
僕は笑いながら煙草に火を付ける。
「割増ですよ。」
彼女は車を走らせた。

ホテルに入ると彼女はシャワーを浴びてくる、と云って
バスルームに消えた。
部屋の中を見まわすと、ベッドルームが見当たらない。
どうやら遙か遠くにあるらしい。
僕はデスクから便箋を取り出すと、彼女宛のメッセージを殘して
部屋を後にした。終電までもう時間が無い。
勿論最後に殘したのはこの言葉だった。
「仕事ですから。」