彼女は何も喋ろうとはしない。
何なんだ。僕は責められるために来たのか?
ちくちくと皮膚を刺す時間の斷片が僕を不安定にさせていく。
「だから、如何してやったんだ。二階からでも下手をすると死ぬんだよ?」
そう云いながら顔を上げると、彼女は僕を見ていた。
じっと僕を見たまま動こうとしない。僕も思わず目を奪われて動けない。
ベッドの向こう側にあるブラインドの下がった窓から漏れる光が僕の瞳孔を締め附ける。
耐え兼ねた僕は彼女から視線を逸らした。
ハレーションの起こる瞼を左手で押さえる。
「ねえ、若し私が此の侭動けなくなったら貴方は其でも私の傍にゐてくれるの?」
彼女が紡ぐソプラノの調べが聴覚を擽る。
だが僕は彼女を未だ見ることが出來ずにゐた。視覺の調整が侭ならない。
僕は手探りでベッドの上の彼女の顔を見附け出すと、思い切り額をはたいた。
い、痛いじゃないのよ。彼女が抗議の声を上げるが知ったことではない。
もう二三度額を叩く。
「痛いって。」
とうとう彼女は泣き出してしまった。
ようやく慣れた僕の視界には、赤くなった額をギブスで押さえた彼女がいた。
「痛いと思えるだけ仕合せだろう?生きているのさ。」
僕は晴れた額に口附けながら囁く。
「何よそれ。」
彼女はきょとんとした顔をして僕を見た。
「仮令君が動けなくなろうが失明しようが、生きているなら傍にゐるということさ。」
そして僕らは口附けた。
それじゃあ、そういって病室を出ようとすると、彼女は後一つ聽いていい?と問いかけた。
「何だい?」
僕は閉めかけた扉の隙間から顔を出す。
「じゃあ私が死んだら如何するの?」
僕は笑いながら扉を三回ノックして応えた。
「後を追って死んでやるさ。」