時計を見ながら私は途方に暮れていた。
何時ものように彼は待ち合わせに遲刻しているようで、もう30分以上、
デパートの片隅で待ち惚けをくわされているのだ。
彼は攜帶傳播の電磁波が氣になるといって携帯電話を持とうとはせず、
私は待ち合わせの度にこうして散散待たされる。
だからといって私が遲刻すると、彼は不満そうな顔をして、一日中機嫌が惡い。
要は我が侭なだけなのかも知れない。
私は壁にもたれかかると、人の流れをぼうと見ていた。
手を繋いで笑いあっているカップルや、ベビーカーを押しながら
買い物をしている夫婦を見ると、一人で待っている自分が居た堪れなくなってくる。
歸っちゃうぞ、もう。
そんな事を思いながら視線を泳がせてゐると、私と同じように人待ち顔の女性が目に入ってきた。
しきりに携帯電話の時計を見ている。
彼女も同じなのね。
そう思うと少しだけ氣が樂に爲ったのだが、次の瞬間、正面玄関の方から
小走りで近附いてくる男性が彼女の前で止まった時、
言い知れぬ安堵感が薄情な虚無感に変わってしまった。
彼女の彼は精々10分も待たせていないだろうに、私の彼は30分、否、40分以上待たせている。
嗚呼、もう歸ろう。
そう思ったときだった。
「澀谷區から御越しの紫色のコートを着てルイヴィトンの前に立っている福井桐子樣。」
其のアナウンスを聽いて私は吃驚した。ヴィトンの前に紫色のコートを着て立っている
のは私だけだったし、何より名前が私の名前だったからだ。
周圍の視線が私に向けられる。私は未だに状況を飲み込め無い侭、何となくバッグを後背に隱した。
嗚呼、ヴィトンのフェイクなんて持ってこなければ良かった。
そんな私の心情に構うことなくアナウンスは、非情にも私の名前を2度繰り返した後、
こう續けた。
「御連れ様がエンゲージリングを御買い求め中なので、もう少し待って頂きたいとの事です。」
・・・エンゲージリング?
それからまた数十分經った頃、隣りのティファニーから薄い碧がかった青の
小袋を手に下げて、彼は惡びれた風でもなくひょっこり顔を出した。
今日は思い切り我が侭を云ってみよう。そうしたら彼はリングをくれなくなるかしら。
私は少しむくれた顔をして驅け寄る彼に抱き附いた。