「それ、何ですか?」
「見れば分かるだろう。電話番号だよ。」
好奇心を前面に押し出した僕の声に、彼は面倒臭そうに応えた。
人影の疎らな店内で、月から生まれ出でたような端正な容貌と透き通る
肌を持ち合わせた彼の姿はとても目立ち、
その隣で飲んでいる僕が彼の持つものに興味を惹かれない筈が無かった。
彼の手元には一枚につき百件を優に超える電話番号が書かれたレポート用紙の
挾まれた紙束があり、それを悲しそうにぱらぱらと眺めていたのだ。
「それはそうですけど・・・。」
僕は困った顔をしてバーボンの入ったグラスに顔を向ける。
顔立ちの良い人に善人はゐないと言うけれどもそれは真実だったのかしらん。
そう思い、深く溜息をついた時、隣から思わぬ声がかかり、含んだバーボンで噎せ返った。
「スコッチだったら一緒に飲めるが。」
どうやら自分の取った態度が氣に咎めたらしい。
此の電話番号はお姫樣候補なのさ。
バーテンダーから新しいグラスを貰うと、彼は目の前にあったスコッチを
竝々と注ぎながらそう云った。
お姫樣と聽いて現實感の沸かなかった僕は、つい、王國ですか、何処かの、と聽いてしまったが、
彼は苦笑いして違うよ、時代は21世紀だよ?と戲けられてしまった。
「世の中には白馬の王子様を待っている女性がいるのだよ。彼女等がお姫樣で、
我々が王子様、分かったかい?」
「僕もなんですか?」
「取り敢えずね。」
彼の言葉の端々から小さく毒を吐かれるのに耐えながら聽いてゐると、
彼はどうやら自分を待つ「お姫樣」を探してゐるらしい。
只の軟派な男だろうと思いながら聽いていたのだが、餘りに眞劍な口調で話されるもので
何となく信用してしまいそうになる。此れも手口なのだろうか。
「で、見附かったんですか?」
恐る恐る聽いてみると、彼は悲しそうな顔をして嗚呼、見附かったんだよ、と呟いた。
それを聽いて思わず僕は尋ねてしまう。
「じゃあ如何してそんな悲しそうにしているんですか?」
すると彼は僕を一瞥すると薄く、切なげに微笑んだ。
「氣附いてくれないんだよ。僕が王子であるということに。」