薔薇十字館


髪を撫でた。
撫で続けた。
彼女の両睫が重なり合うように。
だが彼女の睫は数秒に一度擦れ合うだけで
何時までも其の目を閉じることはなかった。
眠れないの?
僕は耳元に唇を寄せるけれども、彼女は応えなかった。

時計の針は僕の鼓動を刻み、蛇口から滴り落ちる水滴は
彼女の呼吸を数えた。
重なり合う事のない二つの音を同時に感じる。
貴方は眠らないの?
乾燥した唇を舌で湿らせながら彼女は呟く。
僕の眸を射抜きながら。
君が眠るまでさ。
そう言うと僕は薄暗い部屋の隅を注視た。

何か見えるの?
彼女の問いに、僕はかぶりを振る。
何も見えはしないのに、それでも部屋の隅を見続けた。

何時間経っただろうか。
時計の秒針と水滴が交わらないように
彼女は眸を閉じようとしない。
怖いの?
僕は髪を撫でながら呟いた。
怖いの。
そう言って彼女は寝返りを打つと、天井を注視ることを止めた。

僕は髪を撫で続けた。
ゆっくりと、ゆっくりと。