薔薇十字館


職員室の窓からは、滿開の櫻の鄰に花が落ちてしまった白梅の木が、
散る花弁の合間に見受けられ、やっと冬の終わりを自覺した。
あの娘が卒業したのは何時だっただろうか。
毎年、散ってしまった梅ノ木を見ながら物思いに耽るようになった時期と
重なるのは慥かなのだけれども、何時も昨日のように思い出してしまう。

僕がやっと受かった此の私立校で、始めて受け持った生徒たちの中に彼女は居た。
教員の不足で三年生を受け持たなければならなかった僕の戸惑いをからかうかのように
彼女は毎日職員室に来ては散々僕を虐めていた。
其の事を同僚に話すと、好かれているんだから良いんじゃない?等と茶化されたが、
其の時は如何もそんな氣分には爲れなかったのだ。

今、彼女は如何しているのだろうか。
あの卒業式の日、泣きながら僕に抱き附いてきた彼女が、何故か忘れられない。
僕は抱き締め返したのだろうか。何と言葉をかけたのだろう。
僕は緩慢と腰を上げると、梅が覗く窓を開けて校庭を見た。
彼女は嬉しそうに毎日学校へ校庭を走って登校していたものだ。
学校の何が楽しかったのか、あの時はさっぱりだったのだが。

「・・・先生、時間ですよ。」
また呆としていたのだろう。入學式の時間が迫ってきたらしい。
さあ、行くか。そう思って後ろを振り向いたが、其處には誰もいなかった。
空耳なのだろうか。苦笑いを浮かべた僕は椅子にかけたジャケットを羽織ろうと
手をかけたが、何かに引っかかっているようでなかなか椅子から離れない。
訝しみ机の下にあるものを見てしまった時、僕の口はあんぐりと開いたままだったに違いない。
「・・・何をしているんだ、此處で。」
「逢いたかったから、先生に爲っちゃった。」
「・・・そんなに僕のことを虐めたいのかい?」
窓から櫻が吹き込んできた。花弁がスチールの机と、ワックスのかかったリノリウムの床を染め上げる。
「先生の顔、櫻みたいだよ?」
僕は惡びれもせず、無邪氣に笑う彼女を小突くとホールに歩き出した。
痛いじゃないのよ、と文句を云う声が後ろからついてくるのを聞きながら。