薔薇十字館



もう窓から見える空は白み始め、太陽が必死に顔を出そうとしている時間になっていた。
私は必死に睡魔と戦いながら、じっと玄関の扉が開くのを待っている。
もう直ぐすると彼が彼處からばつの悪そうな顔をしながら帰ってくるだろう。
そんな暮らしをもう、半年近く送っていた。

蝶番の軋む音が微かに聞こえ、危うく眠りかけていた私の心臓は、脳に盛んに血液を
送り込もうと鼓動を早めた。
「只今。」
案の定、顔を歪めた彼は私を見てそう云った。
私は何食わぬ顔でお帰り、と返答をする。
どれだけ此の応答を繰り返しただろう。
彼と同棲するようになってからだったからもう三ヶ月になる筈だ。
「・・・眠ってなかったんだ。」
「目が冴えて眠れなかったの。」
見え透いた嘘を云いながら彼の上着を脱がせる。
微かに香る香ったことの無い香水が、彼の居た場所を伺わせた。
前は口紅を付けて帰ってきたことがあったが、その時もまた、
気付かない振りをして居た。

僅かに曇った私の貌を見たのだろう。
彼はそれ以上何も云わず、ダイニングの椅子に腰掛け、テーブルに顔を伏せた。
疲れているのだろうか、それとも私の態度が気に食わないのだろうか。
不安を感じながら私はキッチンに移って夜食を作り始めた。

「如何して何も聞かないんだい?」
ふと隣を見ると彼が私の方を見つめて立っていた。
「聞いたら答えてくれるの?どうせ他の女と居たんでしょう?」
どうせ他の女の所に行っていたんでしょうに。
そう思って云ってみたのだが、彼から返ってきた答えは意外なものだった。
「他の女?何だい?其れは。」
「だって何時も香水の香りを附けて帰って来るじゃない。」
「嗚呼、あれは・・・。」
流石に此處まで突き詰めれば恍惚けないだろう。
彼は困った顔をして私を見ている。
「私に飽きたのならばそう言えばいいわ。なのに何も云わずに
私と一緒に暮らしているなんて、非道いじゃない。」
泪が自然に溢れて彼がよく見えなくなる。
彼はどんな目で私を見ているのだろう。
哀れな利用しやすい女とでも思っているのだろうか。

彼は咽ぶ私を抱き寄せると、そんなこと無いよ、と髪を撫でた。
「実は僕・・・女装趣味があるんだ。」
・・・何ですって?
顔を上げると、困った顔をした彼が唇を歪ませながら私を見ていた。
「そんなの聞いてないわよ。」
「云ったら僕と一緒にいてくれないかな、なんて思ってね・・・。」
頬を人差し指で掻く彼は確かに化粧をしたら綺麗になるだろう。
彼はポケットから写真を取り出すと、店の中で撮ったのだろう
自分を指さした。

・・・私より綺麗じゃないのよ・・・。

「僕のこと、嫌いになったかい?」
心配そうに彼は私の顔をのぞき込む。
私は少し悪びれた顔をして苦笑いする彼を抱き締める序でに
写真を握りつぶし、背伸びして耳元で囁いた。
「私より綺麗な人は大嫌いよ。」