薔薇十字館

久しぶりに彼女から電話がかかってきたことに
僕は多少驚きながらも、何時も通りの応対をした。
彼女は僕に電話の一本もよこさない。
何時も僕からの連絡だけで飄飄としている。
そんな調子で耐えられるの?と聽くと、
私は強いから。とにっこり笑ってかえす。其の繰り返しだった。
信頼されているのか、それとも愛されていないのか。

久しぶり、もうかけて來てくれないかと思ったよ。
そろそろ休みを取らないか。
そんなありきたりの會話を数分続けた後、彼女は突然、ふと思いついたように
私が死んだら泣いてくれる?と云いだした。
僕は勿論さ、と軽く返事をする。
勿論泣けるものだと思っていたから。
すると、じゃあ貴方に泣いて貰うことにする、と満足げに電話を切られてしまった。
何が云いたかったのかさっぱり分からない。
首を傾げながら眠りにつくと、翌朝彼女の両親から
葬式の案内をされてしまった。

どうなっているんだ、一体。
僕は彼女の実家に車を飛ばす。
僕の混乱は車内のニュースで最高潮に達した。
・・・彼女は自殺したのだ。僕に何の相談もせずに。

葬式場では同僚や上司が集まって焼香していた。
僕は人の波をかき分けるように焼香台の前に行く。
すると其処には赤い紅で死化粧をした彼女の死骸が横たわっていた。
透き通るような膚はフェイスパウダーの所為だろう。
其の下は死斑で紫色になっているに違いない。
彼女の顔を覗き込むような格好で呆然としていると、
彼女の両親から一通の手紙とペーパーナイフを手渡された。
震える指でゆっくりと開く。
・・・其処には赤い薔薇の花弁と、殴り書いたような、
震える文字で綴られた一行の文が入っていた。

「1000人の涙より、貴方の涙が欲しい」

僕は棺の顔見窓開け、彼女の唇に薔薇の花弁を挟んだ。
そして凝乎と見つめる。もう混乱していた頭はすっきりとしていた。
彼女は僕の涙など、求めてやしない。
僕はペーパーナイフをワイシャツの隙間から自らの膚に押しつけ、
一気に突き刺した。

消して鋭利とは云えないペーパーナイフは
筋肉に阻まれ、数センチもはいらない。
しかし僕のワイシャツは赤く染め上がり、ナイフからは黒い液體が滴っている。
周囲が驚愕する中、僕はナイフを自らの瞼に持っていき、
下に引いた。遠目には血の涙を流しているように見えるだろう。

取り押さえられた僕は引きずられながら家の奥へと連れて行かれた。
しかし僕は満足げな薄笑いを浮かべながら成すが侭になる。
君はこれが欲しかったんだろう?
口の端を上げながら、僕は意識を失った。