薔薇十字館

今夜、桃色倶楽部で。


ラ・ヴィエイユ・ヴィーニュ(ビンテージ失念)

彼はどうやら芸能界とか云う胡散臭い處で働いているようで、
普段着から察しても其の方面のような雰囲気を醸し出していた。
だが、私は何時も彼が着てくる服を見てつい笑ってしまう。
シャツもパンツも女性用のものを衣ているから
やや小柄な彼でも小さくて腕や足が足りないのだ。
そんな彼が必死に口説いてくるものだからつい乘ってしまった。
そして私は初めて彼のマンションの前に立っている。


呼び鈴を押すと彼は満面の笑みをたたえた私を迎え入れた。
「ようこそ!今日は御免ね。仕事が入っていて部屋に直帰するしか無かったんだ。」
私は少し不満に思いながらもにっこりと笑って見せて
「そんなこと無いよ、タクシーの領収書、あなたにあげるから。」といってあげた。
失笑しながら彼は私の手を握り、部屋の中に招き入れる。
「どう?僕のマンション。」
彼は自慢げにマンションの中を案内する。
ふふ、変なやつ。私は子供のように躁ぐ彼の後をついていく。
彼はマンションにしてはゆったりとしたバスルームに私を連れていくと、
にやにやしながら「蝋燭を灯しながら入ると絶品さ。・・・一緒に入ってみる?」
と云った。「・・・もしかして、もう誘ってる?」
私は彼の反応を見ようとしたが、彼はバスルームから遠ざかっており、
私の声は届いてないようだった。
やっぱりよく分からない。B型なのかしらん。
私はそんなことを思いながら良くワックスのかかった
フローリング張りのダイニングに足を運んだ。
其処では彼が料理したのかどうかは領らないが
なかなか美味しそうな料理が並んでいた。
「これ、全部貴方が料理したの?」
「ああ、まあね。」
「他の女の子にでも作らせたんじゃあないの?」
一寸意地悪すぎる質問のような氣がしたが、彼の顔色をうかがうと、
なんでわかったの?という風にきょとんとした表情を浮かべていた。
さ、最低・・・本当に作らせていたんだ。じゃあこれ、残り物?
私は食事が始まっても料理に口を付けずに空返事ばかりしていた。


流石に彼もこの状況が危機的だと認識したらしく、
「ワインでも持ってくるよ。ビデオでも見ていて。」といって、キッチンに姿を消した。
屹度彼はキッチンの隅で「何で領ったんだ」、と大きく深呼吸をしているに違いない。
自分では嘘がばれていないと思っている彼が急に可愛くなってくる。
もっと計算ずくの人だと思っていたのに。まあ、そうじゃあない方がいいんだけどね。
私は彼が指し示した部屋に入ってテレビを探した。
しかし其処にはテレビなど無く、ビデオデッキとその上に置いてあるプロジェクター、
そして装飾の施されたベッドだった。


やだ、しっかり計算しているじゃあないの・・・。


キッチンから戻ってきた彼は右手にグラスを、左手にボトルを抱えて戻ってきた。
彼はソムリエ宜しくきちきちと音を立てながらコルクを抜く。
こぽこぽと音を立てながら、ワインはグラスを滑りながら滿たしていく。
私は渡されたグラスの中の液體に口を付けた。
「美味しい!ねえ、このワイン・・・。」
驚いて私は彼にワインのことを聽こうとすると、彼は申し訳なさそうな顔をして云った。
「御免、あまり高いワインじゃあないんだ。でも君に飲んで貰いたくて。」
「どうして?」
彼はボトルのエチケットを見せながら、彼は私の目を注視た。
見せられたエチケットには「ラ・ヴィエイユ・ヴィーニュ」と書かれていた。
「これは余り知られていないワインなんだけれども、
靱かなボディとベルベットのような舌触りが僕を虜にしたんだ。
・・・君のように。」
彼はベッドに腰掛けている私の隣に座り、自分のグラスを置いた。
そうか、ワインで私を口説いているんだ。そう気付いた私は愛おしくなって
つい虐めたくなってしまったのだが、余り虐めすぎるのも傷つくかな。
「まだ私の舌触りなんて味わっていないでしょう?。」
私はにっこりと目を細めながら笑ってワインを飲んだ。
彼の薄い唇から漏れる熱い吐息が私の耳にかかる。
空になったグラスがシーツの上を滑るように轉がり、ことんという音と共に床に落ちた。
いいわ、今日は貴方の言葉に溺れてあげる。


でも下手だったら承知しないから・・・ね。


今夜、桃色クラブで。


及川光博作詞作曲の非常にポップなナンバー。
この文章はこの曲を元にしているのだが、恐らく及川光博が考えている
世界とはベクトルが正反対に向いているだろう。
彼の詩はSEXをしたいという男の欲望と理性の葛藤を
ベッドルーム「桃色クラブ」で繰り広げるというものだが、
作品中の「彼」は、歌のように自信満々なのだが、女の子に完全に読まれている。
もし彼のCDを持っているのならば、歌詞の男心を「彼」に当てはめて読んでみて貰いたい。
・・・恐らくこの作品が二倍楽しめるはずである。


果たして「彼」はあの後どうなってしまうのであろうか。
多分、SMクラブに嵌ってしまっているだろう。・・・このままでは。

堪能する