薔薇十字館

偶然。


リアル サングリア レッド

「香奈ちゃん?香奈ちゃんだろう?」
私は街を歩いていると突然また声をかけられた。
これで今日5人目になる。ナンパならもう少しいい文句もあるでしょう?
私はこの聲を無視してずんずんと進む。
「ねえ、待ってよ。香奈ちゃん。」
「執拗いわね、私は香奈なんて名前じゃあ・・・」
そう言いかけて彼の顔を見たとき、言葉を失った。
余りにも昔の彼氏に似ていたからだ。
口を開けてまじまじと見る私を奇妙に思ったのか、彼は心配そうに
「如何したの?」と訊いてくる。
私は我に返り、ううん、何でもないのよ、とぼそぼそとつぶやき、そっぽを向いた。
「時間、開いているなら今から少し話さない?」
私は正直なところ、迷っていた。でも多少時間があったので少しくらい、と思った矢先、
相手の携帯電話が鳴り響いた。
何を考えていたんだろう、私。
迷いを振り切って私はその場から立ち去った。
後ろの方で呼び止めるような聲がしたが振り返らずに目的地に向かった。


私が向かっていたところ、それは親友の待つバーだった。
私は何時も彼女と待ち合わせるときに其処のバーを利用している。
私達は必ず入り口から見えにくいカウンターに座ってワインを飲んでいた。
さっきあった男の事を肴にして飲んでいると、重い扉が開き、今日何組目かの客が入ってきた。
何気なく扉の方を見ると、長髪長身の男2人組がたっている。
もしかして・・・。私は微昏い店内を梟宜しく目を凝らした。
今日ナンパしてきた男だ。私は危うく大声を上げそうになる。
「ねえ、知り合い?」
友達が私に小声で訊いてきたので、事情を話すと、ああ、慥かにそっくり、と納得した。
彼等はテーブルに座るとサングリアとつまみを頼んで話し始めた。
「今日参ったよ。一人も引っかからないし。」
「だから此處にいんだろ俺達。」
私は正直言って閉口した。彼等が話す言葉も、内容にも。
彼等の口から出てくる咄は全てナンパの咄ばかりで内容がなかった。
そして今日ナンパしてきた昔の彼氏に似た方が語った咄で私の怒りは心頭に発した。
「古い手を使ってナンパしてみようと思ってさ、聲かけたら美人だったんだけど
口あんぐり開けてんの。彼処で智ちゃんからケータイかかってこなけりゃ今頃・・・」


私は店を出た。
彼等に飲んでいたサングリアを浴びせかけて。
如何してこんな男しか世の中にはゐないんだろう。
前の彼氏は私の気持ちなど考えずに「飽きた。」と云い殘して去っていった。
初恋にして、人生の世知辛さを知ってしまった氣がした。


私は家に帰り着くと、ベッドに倒れ込んだ。
止め処なく涙が流れ落ちたが、自分でも何に対して泣いているのかが領らなかった。
このまま死にたい、そう思ったとき私の携帯電話が鳴った。出ないでいようかしら。


「あの、さ。さっきは御免。話、訊いたんだ。」
初め昔の彼氏かと思ったが、どうやらあの男のようだった。
あの後、バーに残った友達が1時間近く説教をしたらしく、かなり恐縮した声が聞こえる。
「ああいう話を聞かせるべきじゃあなかったね。」
何を反省したんだか。私はサイドボードにあるサングリアの瓶を手に取った。
蓋を開けると香草の香りが漂う。
「で、今度、会えないかな。ナンパとかじゃなくて、純粋に、ね。」
私は笑いながら電話をベッドに放り投げた。
多分彼は通話者のゐない電話に向かって一生懸命話しているだろう。
その光景を想像すると、餘計に笑いがこみ上げてくる。
馬鹿馬鹿しい。こんな男のために私は悩んでいたのか。
私はグラスをサングリアで滿たした。
甘い液體がが喉を刺激する。


飲み終えたら、携帯電話の電源を切ろう。
そしてお風呂に入って躯を洗おう。
ゆっくり眠って、そして朝早く起きよう。
今までの私から脱却しよう。


だって今までの私に寄ってくる男ばかりを相手にしていると、
自分の価値が下がりそうじゃない。

堪能する