薔薇十字館

君が領らない。


シードル


装置の滑る轟音が脳神経に刷り込まれていく事に、僕は少し不快感を覺える。
楽しそうな子供の声に雑じって、躁ぐ彼女の嬌声が聽こえた。
「ミッキー!!ね、寫眞取って!!」
はいはい、と僕はインスタントカメラで着ぐるみのキャラクターと並んでいる
ぷっくりと脹んだ笑窪を取る。
「次、こっち、こっち!」
童女のように躁ぎ続ける彼女を見ながら僕は、テーマパークもなかなかいいかな、
などと思ってしまう。肌を刺す熱い日差しもあまり苦とは思えなかった。


「ねえ、此處に行こうよ。」
と、テレビで踊るキャラクターを指差しながら彼女が僕に持ちかけてきた。
いつもは仕事が入っているから、といってデートの誘いを断り続けていた彼女と
久しぶりに会えた僕は、逢えただけでも十二分に満足していたのだが、
突然のデートの誘いに僕の心は成層圏をも突き抜ける思いで了解した。
「それじゃあ、乾杯しましょう。」
彼女はルームサービスでとった白ワインをグラスに注ぎ、
僕に渡した。溌剌とした果実味が口の中に広がる。
だが、口の中で発砲するこの感触は何か違うような氣がした。
「もしかして、シードルなのかい?」
「そうよ。ワインバーにあったから頼んでみたの。嫌い?」
「・・・いや、美味しいね。」
僕はグラスの中の泡を飲み干した。


付き合いだして1年も満たない僕らの逢瀬は稀で、
彼女の予定に合わせて数週間に一度、と云うものだった。
何度と無く誘うのだが、その度に仕事が入った、残業、と断られ続けた。
だが、僕の方から連絡を怠ると、突然僕を予約されているホテルに呼びだして
僕を貪る。僕はその都度、僕の躯目的なんだろうな、と思ったりする。
その質問を彼女に投げつけると、そんなこと無い、と僕にくちづけながら彼女は誤魔化した。


様々なアトラクションを回っているうちに日も陰り、夜の帳が降りてくる。
カーニバルの音楽が大音量で僕の鼓膜を刺激した。
「最後の盛り上がりなのかな。」
僕は彼女に言葉を投げつけると、何故か彼女は視線を逸らした。
如何したの?僕が発する前に彼女は僕の手を引いて、カーニバルが通っている
大通りの方に導いた。
「あのね、この人が私の彼氏なの。」
其処には髪の短い、精悍な顔立ちの男がゐた。
僕とは全く正反対のタイプの男。隆々とした筋肉は、アポロン像のようで薄いシャツ
の下から主張していた。
「・・・如何いうこと?」
「だから、別れましょう。私の我が儘だけれども。」
僕は状況が全く理解できなかった。
さっきまでの楽しそうな雰囲気の彼女は深刻な表情をして僕を見つめている。
それじゃあ、さっきまでの時間は僕への最後の贈り物、という訳なのか?
侮辱するにも程がある。僕は怒りを沸々と心の奥底で煮えたぎらせていた。
「まあ、そういうことだから彼女に執拗くつきまとわらないでくれ。」
どうやら彼女は僕が執着しているから別れられないと云っているようだった。
呼び出すのはいつも君の方だったじゃあないか。
僕は完全に彼女への愛情を吹っ切っていた。
シードルの泡が、グラスの中から消え失せるように。
僕は彼女の耳元まで口を寄せると、「最低だな、君は。」
といい放ち、横にいた男の顎を肘ではずすと退場ゲートの方に向かった。
獣が唸るような聲が聽こえたが、僕は振り返らずに歩みを進める。


潮風が僕の顔を撫でたが、微温く、べとつく風は僕の釈然としない心を
洗い流してはくれなかった。

堪能する