薔薇十字館

原初の色。


ルイジ・ポスカ・カベルネ・ソーヴィニヨン

僕は親友の突然の死を聽き、彼の実家に駆けつけた。
僕の親友は小学校以来のつきあいで、社会人になってしまった現在では
偶に電話で近況を聞き合うほどだったのだが、大学時代には色々と悪さをしたものだった。
僕達は留年しつつも無事に大学を卒業し、僕はベンチャー企業の営業に、彼は
大学に残って民族史の研究員になった。
28歳、あまりに若すぎる親友の死は僕に深い傷を与えた。
僕は焼香を済ませると、蝋人形のように呆然としている親友の両親に
彼の死因を聽いた。しかし、両親は首を横に振るだけで、詳しいことは何も教えてくれず、
只、「出血多量で死んだのだ。」としか云ってくれなかった。
僕はせめて形見分けでも、と彼が研究資料を毎日持ち帰っていたであろう
自室のドアを開けた。


其処は妙に埃っぽく、雑然と書籍が積まれていた。
机には書き物をする場所がないくらいの本で埋め尽くされ、
椅子にはコートが投げかけてあった。
窒息して死んだとは如何いうことなのだろう。
彼の研究分野から云って実験中に怪我をするようなことはないはずだ。
自殺なのだろうか?いや、自殺するような悩みがあるのならば僕に一言相談するはず。
そう思いながら机を漁っていると、やけに厳重に梱包された包みが出てきた。
梱包を一枚ずつ開いていく。誰がこの様に梱包したのであろうか。
梱包は全て機械で折ったように一ミリたりともずれていなかった。
皮の梱包の手触りはとても気持ちが悪く、
まるで自分の皮膚を触っているようにも思える。
すべての梱包を剥ぎ終えると、小さな笛のような金属製の棒と、
7掛け5センチ大のひもで繋がれた手帳が入っていた。
興味を覚えた僕は、コートに手帳と金属棒を突っ込み、彼の書斎の重い扉を堅く閉ざした。


自室に帰ってきた僕は無性にのどが渇き、日常消費用に買って置いたワインのコルクに
スクリューを突き刺した。ルイジ・ポスカ・カベルネ・ソーヴィニヨン。
アルゼンチンワインなのだが、日常消費にしてはあまりに味わい深い。
僕はワイングラスに深い紅を注ぎ込むと、書斎に戻り、親友の殘した
手帳を開いた。


その手帳は紐で繋がれている金属棒についてのものだった。
僕はワインを飲むのも忘れ、読みふける。
癖のある彼のラテン語は、僕の脳を酷使したが、僕の背筋を凍らせるに足りるものだった。


「私はこの金属棒を手に入れたことによって、死を間近にしてしまったであろうと云うことを
確信している。この金属棒は、深海に眠るクトゥルフが、光射すこの地上を
見渡すために自らを裂いて作り上げた潜望鏡のようなものなのだ。
この棒に色を見せてはならない。特に原初を感じさせる深紅だけは。」


僕は慌てて金属棒を探した。


ない。


紐で手帳に縊りつけてあったはずの金属棒が何時の間にか無くなっている。
僕は恐ろしくなり、がたんと音を立てて椅子から立ち上がった。
其の拍子に机が揺れ、ワイングラスとボトルが倒れる。
あ、と思ったのも束の間、僕は書斎から飛び出した。


僕は今、車を飛ばし、宛てもなく深夜の街を走り続けている。
出血多量。そう、親友の両親は云っていた。
恐らく僕も、長くはない。


僕が倒してしまったワイングラスとワインボトルには、赫赫とした液體全てが
一滴も入っていなかったのだから。

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