薔薇十字館

細い腰とか、長い髪とか。


ヴィン・サント・トスカーノ
試飲のみで年号不明

「もう、赦して。」この言葉で僕達の結婚生活は終わりを告げた。
終わりが来ることは結婚当初から領っていた。
元から性格があっていなかったのだ。
辛い物好きの僕と甘い物好きの彼女。食事の好みまで正反対では手が着けられない。
そう、領っていたんだよ。そう呟きながら今、僕は唯一無二の親友の家で飲んでいるのだ。
「仕方がないさ。だから止めておけって云っただろう?・・・それに、お前、うちの
ワイン飲み尽くす気か?」
親友は僕のことよりも家のワインの残量の方が余程心配らしい。
僕がソムリエナイフに手を着ける度に、僕が飲むことに対して制限しようとする。
「ああ、悪い。でも、今は飲まずにいられないんだ。」
僕は思ってもいないことを口にしながらまた、ワインを開けた。


「處で、お前のワインの好みはどういうものだったっけ?」
諦観きった表情で親友は僕に尋ねた。
「赤ワインならば何でも飲むよ。タンニンの渋み、熟成された滑らかさ。まあ、一番の好みは
肉厚な、筋肉質の女の様なワインかな。」
僕は口の端に歪めがら応える。
「ふうん。だからお前、うちのワインセラーのワインばかり開けていくんだな。」
今頃気付いたのか、鈍いな。僕は笑いながらワインをつぎ足そうとすると、
「待てよ、お前に特別なワインを飲ませてやる。」そういって親友が
キッチンのセラーに向かった。


特別なワインか・・・真逆一級格付けのワインは出さないだろう。
出るのならばもっと攻撃的な・・・そう、ラ・クロワのようなワインだろうか。
いや、あいつのことだ。僕の結婚を皮肉るようなワインを出すだろう。
じゃあ、ラ・リヴィエールかな。タンニン分の多いワインで
渋いだろう、と言いたいのかも知れない。
そんな都合の良いことを夢想していると、新しいグラスとワインを持って
僕の元へやってきた。
「それは・・・。」
彼が持ってきたワインは白だった。しかもエチケットを見ると伊太利亜産ではないか。
「お前・・・僕を怒らせるためのワインを持ってきたのか?」
「いや?そんな気は更々無いさ。」
平然とした表情で彼はワインのコルクを抜く。
お前偏見強いだろう。そういいながら親友はグラスにワインを滿たした。
僕は渋々彼が差し出すグラスを持つと、そのまま一気に飲もうと
グラスを口元に持っていった。


「これは・・・。」彼はにやついている。僕が驚くことを見越していたに違いない。
そう、白ワインは赤ワインを飲む前に飲むもの、と何處かの生産者が語った
言葉を鵜呑みにしていた僕は酷く驚いた。
鼻を擽る芳しすぎる芳香。瑞瑞しさと熟成した感覚、その二つをを持ち合わせていた。
秀逸なワインであることは間違いなかった。
其れよりも驚いたのは、赤ワインしか受け付けなかった僕の味覚の砦を
いとも簡単に崩してしまったことだった。
「どうだい?此のワインを喩えるならば清楚な女性が魅力的なパフュームを
ふりかけているようだろう?お前を簡単に落としてしまうほどの
フェロモンを振りまいているのさ。」
呆気にとられた僕を尻目に彼は更に続ける。
「お前、奥さんのことを愛していなかっただろう?
お前が好きだったのは外見だけだったのさ。性格が合わないと云う理由もうなずけるよ。
戀愛ならともかく結婚を躯で決めてしまったんだからね。ワインもそう、結婚もそう。
ざまあないね。」


意地悪な親友は勝ち誇ったような会心の笑みを浮かべている。
僕は何も云えなかった。
ただ、僕の指先で小刻みに波打つ淑女だけが、僕の感情を顕していた。

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