薔薇十字館

見栄と充足。


シャトー・オーブリオン’95

何度も見ていて飽きない映画を僕は今日も見ていた。
乞食が其の短い一生を送る映画。白黒で字幕のないものだったから
話の内容が今ひとつ掴めないのだが、何故か僕の心を捕らえて離さなかった。
そして、見終わった後に、自分の妻を見て思うのだ。
豊かさとは一体何なのだろうかと。
彼女は僕が汗水垂らして稼ぎ出した少ない給料を全てブランドという
乾燥したものにつぎ込んだ。
息子は有名私立校に入学させ、教育ローンまで組まされている。
僕は僕で一介のしがないサラリーマンだから一着1万円くらいの
背広を着て通勤しているというのに。
「あなた、またそんな映画を見ていたの?ご飯よ。早く食べましょう?」
妻の声が僕の思考を中断する。
わかった、と上の空で返事をすると、僕はダイニングに向かった。
此のマンションもローンで買ってしまった。否、買わされてしまった。
僕の人生は何なのだろうという思いが頭を過る。
まるで働き蟻じゃあないか・・・。


「今日は雅さんの奥さんと一緒にワインを買いに行ったの。
美味しいって云われたからつい買っちゃった。」
にこにこしながら妻の持つワインを見て、
嗚呼、また質素な食生活に火がつくのだろうな、と思ってしまう。
事実、食事は質素極まりないメニューだったし、
息子の不服そうな顔は妻に向けられていた。
ワインはシャトー・オーブリオン、年代は若いが2万以上はするだろう。
背広が二着、か・・・。
「ねえ、抜栓して。」
何時も以上に重たいワインを受け取る。


久しぶりだな、オーブリオン。学生時代は能く小金を稼ぎ出したものだ。
背負うものもなく、ただ遊びに明け暮れて、それだけでよかった。
一本5万円くらいのワインなど水のように飲んだものだ。
僕は戻りたいのだろうか。あの時に。
コルクスクリューを思い出と共に捩込んで、てこを使って栓を抜く。
品の良い芳香が漏れてくるだろう、と思ったのだが。
おかしい。僕はグラスに少し注いで舌の上で轉がしてみる。
・・・劣化していた。
金持ち連中と買いに行ったところだから管理がしっかりしていると思ったが、
「ねえ、早く注いで。」
妻がせかすので、僕はなに喰わぬ顔でグラスに注いだ。
リーデルグラス、一脚一万のグラスに。
僕はもう一口飲んで、問題ないとのたまわった。
妻は高いワインってこんなものよね、等と云いながら首を捻っている。
今の僕達には2万円のワインよりも5千円のワインを4日間飲む方が似合っているのだ。
見栄のために苦しい家計をやりくりするよりも、それなりの食事、
それなりの衣服を着てそれなりの生活を送る方が余程好ましい。
其れこそ「豊かさ」なのだろうし、妻を見ていても狂氣に走ったとしか思えない。
渋い顔で懸命に汚水を流し込む妻の顔を見ながら、
今までお前が買っていた服、似合っていないよ、とは云えなかった。

後背を刺す